東京の特養ホームに住んでみる③
認知症ケアの現場から
手作り料理にこだわる
自宅の延長、手伝いも
ありすの杜南麻布南棟の特別養護老人ホーム(特養)には大きな厨房設備がない。100人もの入居者を抱える大規模施設では異例だ。では食事はどこでだれが作るのか。
「今日のご飯は何ですか」
「サケのホイル焼きです」
目の前の車いすの入居者に答えるエプロン姿の職員、香川健太さん(23)。タマネギやニンジンをフライパンで炒め、一人で夕食の支度にかかる。午後3時半の4階の「和美(なごみ)」ユニットの台所である。この特養は、10室ごとに風呂や台所、食堂兼居間を備えた生活空間(ユニット)で区分され、「和味」はその一つ。4人部屋で大食堂を備えた従来型特養でなく個室ユニット型特養だからだ。とはいえ、ユニットごとに職員がメニューを考え、手作りするのは極めて珍しい。多くの同型特養はご飯やみそ汁ぐらいしかユニットで作らない。
昨春までの大学時代は実家から通っていたこともあり、香川さんに料理経験はなかった。初めは「大変なことになった」と頭を抱え、覚えたての同じメニューを続けたことも。傍らにいる同期の山越仁貴さん(23)が「よくムニエルの香川って呼ばれていたな」と茶化す。
だが今では包丁さばきが板についてきた。「焼き加減が問題だな」と言いながらサケの初メニューにも挑戦する。キュウリを両手でもむ手つきも慣れたものだ。
食事の統括者で栄養士の杉原香苗さん(38)は「開設間もないころはあちこちのユニットでひと騒動あった」と苦笑しながら振り返る。「味付けが分らないと駆け込まれた」。以来、「面倒なみりんを使うより、メンつゆが味付けには一番」と説いて回る。
男性職員たちに人気の携帯電話のメニューサイトは「クックパッド」だ。「冷蔵庫の材料を打ち込めば、メニューや調理法が出てくるから便利」と田島知之さん(23)。用意周到なのは森茂晃さん(45)。当番前日に冷蔵庫内をチェックして自宅のパソコンでメニューを決め、調理法を印刷して持参する。
運営する新生寿会が、これほど現場での手作り料理にこだわるのはなぜか。
「認知症ケアの基本ですから」と当然のように話すのは理事の篠崎人理さん(61)だ。「自宅にいるのと同じように生活を支えるのが認知症ケアの要締です。生活の場として重要なのが食事だと思う」
入居前の家族説明会で、愛用の飯茶碗と汁椀、箸、それに湯飲みを持参するよう頼んだ。「特養は自宅の延長」と理解してもらう狙いもある。
入居者が調理や後片付けに加わる場面にも出くわした。
「この方が一生懸命なので私もぼやっとしていられないから」と言って野菜に包丁をあてるA子さん(84)。一緒に台所に立つ職員の大西佐千代さん(27)は「大助かりです。それに手伝ってくれる日は寝つきがいいんです。ご自分の役割に満足されるからでしょう」とその効果を話す。
「認知症になっても、生活の中でできることを見つけていこう」というのがこの施設の考え。目の前での食事作りが、入居者も誘う。
個室ユニット型特養
全室個室で、10室前後を単位にした新型特養。厚生労働省が2002年度から導入し、新設特養を認可する各都道府県は、従来の4人部屋を原則として認めていない。14年度までに全特養の70%をこの新型にする計画だが、まだ30%弱で達成は難しい。
2014/11/04